
母性本能という言葉があるが、そうしてそのことは、多くの人は自明のこととして疑われていない。しかしながら実に当然のことなのかもしれないが、子供のことをそんなに好きではない女性というのは、特に少ない訳でもないらしい。男の中には、そんなことを疑問にすら思ってもいない人がほとんどだろうし、子供が嫌いだという話を聞いても、なにか個人的に問題のある人だと考えてしまう人もいるかもしれない。そういう状況だから、子供が嫌いだとは人前では言えない人が、それなりにいるだけかもしれない。
しかしながら、女性でないと子供が産めないのも明らかである。特に人間の場合は、圧倒的に子供を産んだ性である女性が、そのまま子育てをする。それは乳を与える機能も備えていることだし、哺乳類という分類からも、実に当たり前そうにもみえる。しかしその時点であっても、まだ子供のことを本当は好きではない女性も少なくないのだという。そうであれば、それは本来備わっている母性というのは、実は本能ではないのではないか。
しかし実際に母乳を与えたり、赤ん坊の身の回りの世話をすることで、そこではじめて、赤ん坊をいとおしいと思う感情が芽生えることも分かってきている。母性というのは、経験で育まれるものなのである。実を言うとこれは男性も同じであって、生まれてきた赤ん坊の世話をして初めて、子供を本当に可愛いと思うようになるという。もともと好きな人もいるのでわかりにくいことだったのだが、これは子供の嫌いな男性でも、おしなべてそうなることで分かるようになった。つまり母性と言われるものは女性だけが持っている特性では無くて、子育てをする過程において人間が持つ共通の本能であるのだ。だから子育てをちゃんとしなかった男性には、ちゃんとした子供を守るという性質が育たない人間も出てくる。そもそもそういう環境に置かれなかった男性は、人間的な母性と言われる本能に、スイッチが入っていない可能性すらあるのかもしれない。
しかしながらこれは、例えばペットの世話をするようなことでも、同じように育まれる可能性もあるのだという。ペットを飼っている人は、同じように世話をすることで、いとおしく感じるようになる。そのまま人間の子供を、好きになる人もあるという。要するにこの、世話をするという事は、人間のしあわせを感じる感情にも関係があるものらしい。そのようなしあわせは、経験がその人を育んでいるのである。
母親に特別な感情を抱いているひとは、男女を問わず多いものと思う。母親から特別な愛情を受けて育った経験が、おそらくそうさせるのかもわからない。一方で幼い頃に捨てられたなどの経験ある人には、永くその思いが心を引きずるようなことになるのだろうか。そういう人は、ある程度の少数派かもしれないが、しかしそれなりに居ないわけではなかろう。しかしながらそのような話は、後から付け足して語られることによって、そう思わせられているところは無いのだろうか。実際にはわかり得ないが、例えばおばあちゃん子で育ったとか、母が亡くなり父親だけで育ったという人もいるだろう。そういう人に必ずそのような心の傷があると考えるのは、なんとなく危険な思い込みなのではないか。誰に育てられようと、一定の愛情をもって、そのような後から生まれる感情で接してもらった経験で育ったのであれば、あえて母親からだけの母性である必要は無いのではないか。
そうであった方が、人間というのは、しあわせが多いのではないか。そんな風に思うのだが、どうなのだろう。