
米国近代主義の台頭で評判のよくない遺伝なのだが、しかし人間が生物である以上、遺伝は当たり前のことである。しかしこと後天的な病気や、ましてや学力などのことになると、何かと社会的に取沙汰されることがあるようだ。または扱い注意という事を考える必要を社会的通念として了解しておく場合がある。
しかしながら、遺伝というのはそれなりに研究で明らかにされていることは多くて、統計上は有意な差がはっきり出ている。要するに人間は多くのものを親から遺伝する。当然と言えば当然だ。
ことわざには「トンビがタカを生む」なんてものがあるが、その親がどこまで平凡だったかはそれなりに疑問だ。不遇な親からもいい子供が生まれることはあるだろう。確かに不思議そうな場合も無いではないが、多くの場合子供自慢か親の謙遜というのがあるかもしれない。
自分のことを言うのもなんだが、子供の頃には親戚のおじさんたちから、お父さんは秀才だったのだからあんたも頑張りなさい、とよく言われた。確かに父は狭い範囲の比較であろうが、それなりに頭が良かったらしい。しかし教育方針は放任の上、一種の火宅の人であったから、子供は皆グレてしまった。遺伝の所為にすると母にも影響があって気の毒なので、これは確かそうには思えない。いまだに僕らはあんまり賢くないので、以前の父親周辺の社会のレベルの方が低かったに違いない。
しかしながら、論理的推論能力の遺伝率は、68%。一般知能(IQ)は、77%の遺伝率である。これは万国共通らしい。ちなみに身体的な遺伝である身長は66%。体重は74%である。体重も遺伝するのは面白いが、まあ、そういう事なんである。もちろん、なんでこんなことが遺伝するのかというのは考えなくてはならないことだが、巷で所得と学力の格差なんてことがニュースになっているが、元はといえば、このような遺伝が基礎にあって、それを報道サイドが所得と混ぜ合わせて問題視しているだけの事なのである。何故なら所得と学力というのはそもそも結果的に連動するもので、例えば日本の高所得の7割近くを占める医療関係者が低学力であるはずが無い。だから厳密にいうと所得は遺伝する訳はないが、学力はある程度遺伝的要素が強く、その結果就職などに影響があるという当たり前のことだ。そうでなければ受験戦争など起こるわけが無いではないか。
問題はそうであっても、遺伝だから頭が悪いという理由にしてしまう個人という事かもしれない。実は頭の良さは必ずしも学力とは関係が無いところもある。やる気が無かったり試験を無視したりする性格だったりすると、そもそも統計に表れるはずが無い。個人というのはそれくらい統計から外れる可能性のあるものなのだ。少し分かりにくいかもしれないが、ある程度の知能の遺伝を土台にして、その先に何をやるのかは個人の問題である。人生はだから遺伝などしない。
まあだからこそ言い訳も出来なくてつらいというのは理解できる。すべての責任が自分自身にあるなんてことは、これもあるわけの無いことである。せいぜいバランスよく自分の責任を果たしてくださいませ。