
最賃がすべての都道府県で1000円を大きく超えるということになった。こういう社会主義的な取り決めというのはそもそもよくないとは思うものの、時代の流れでもあるので、その分全体の賃金の底上げになれば、それに越したことは無い。しかしながら効率の面で、これ以下の仕事は基本的に切り捨てられるので、ゾンビ企業や、働ける可能性のある人も、切り捨てられることにはなるだろう。そのような退場劇がうまく行くかどうかは、かなり不透明だが。
それで秋田のような最賃の低い県の、さらに最賃で働かざるを得ない立場の女性たちの声を集めたものを見た。最賃が低いことで県を罵倒し、泣いていた。夢も希望も無い県からは一刻も早く離れて、東京に行かざるを得ない、というような意見もあった。最賃が上がって、しかし都道府県の格差が広がるような印象を受け、絶望感が広がっているという事らしい。
さらに女性の働き方や社会的な役割、家庭での仕事の求められ方などの複合的な問題も考えていた。要するに最賃の低い県の特徴として、女性の暗黙の負担の重さもあるという。パートなど最賃で働かざるを得ない立場の人たちは、家庭でも「お仕度(家に帰って来る家族を迎えるための、食事の準備等の仕事を、一足早く帰ってこなさなければならない、という意味らしい)」という仕事をやらなければならない。フルで働けないので昇給もできないが、家庭での仕事の圧力も女性の昇給を拒んでいるわけだ。
会社側も変わりつつあって、ちゃんと仕事をやり続けている人たちに対しては、ちゃんと意向を確かめて、仕事の内容も女性のものと決めつけず、幅広くやってもらう道すじをつけて昇給させるようになっているという。この部分に関しては、今頃?って気もしないではなかったが、これまで賃金据え置きが当たり前だった社会観を、変える企業の方が少ない、ということかもしれない。今どきあり得ない感覚だけど……。
さらに石破総理と面談するなどして、女性の立場をわかってもらおうとする若い活動家も紹介されていた。石破首相はかなり理解はされていたようだが、さらに男性社会の地域の長老的な立場の人たちと話し合う機会などを設けて、その溝を埋めようという試みもなされていた。しかしこの話し合いがまたひどいもので、長老の男性は何の悪気も無く「今更私らが家に帰って、家事やら何かするのは現実的では無い」と言い放っていた。さらにまあ頑張ってくれ、などと励ますのだ。そういうのをみていると、若い女性がますます絶望するのも、無理もないのである。日本を牛耳っているだろう風習や男性たちを前にして、いったい何を言ったら少しでも理解できるものだろうか。
田舎では、男性だって大変なのだ、という投書も紹介されていた。男性は地元の消防団などにも入らなければならない、というものだった。結局男というのはその程度の認識で、役割の負担をはかっているわけだ。まったく馬鹿みたいだ。それよりなぜ(自分たちが)家事をやらないのか、女性がそれを当たり前だと考えなければならないのか、その入り口の考えまでなぜ自分の考えがいたらないのか、それを考えなければならない訳だ。
さて、しかし僕もまったく家事はできないし、その能力がまったく無いうえで、こんな印象を持ってしまう訳だ。そういう意味では僕自身も日本文化圏の犬に過ぎないのだが、これらの主に若い女性の反乱は、ちゃんと都会に移住するなどすると、それなりに効果はあるとも思うのだった。ただでさえ人不足で、特に田舎では女性の需要が高いにもかかわらず、文化的に取り逃がしているわけだ。だったら徹底的に居なくなって、考えてもらうより無いだろう。あと数十年はかかるし、分かってもらえても手遅れ後には違いないが(なぜなら彼女らは、実際には生まれ故郷で暮らしたいのだから)、その焼け野原の跡地には、この文化を新たに構築する力が芽生える、かもしれない。