
短い動画を、待ち時間などちょっとした時間に、携帯で眺めることがある。そんなに意識的では無かったのだが、以前なら圧倒的に音楽ものだった気がするけど、今は音は出さないことも多いし、ずいぶん傾向が変わってきていることに気づく。事故などショッキングなものもあるけど、料理や食べ物屋、そして大食いというのが増えているようだ。要するにそういうものを眺めている時間がそれなりにあるせいで、そういう傾向のものへシフトしているのかもしれない。
あんまり音は出さないと書いたが、時には音が出ていることがある。ネットなんかではたぶんそうだ。そうすると以前は韓国の人が食べている場面では、ずるずるだとかゴリゴリだとか、食べている音がそれなりに大きい傾向があった。それにあちらのは基本的に食べているものが赤に染まっている。それはそれで凄いなあ、と見ていたのかもしれない。ところが最近の日本のものも、なんだか食べている音が大きくなっている傾向があることに気づいた。麺を食べているものは以前から音がしていたが、麺でないものであったとしても、延々と食べているその音が結構聞こえる。ちゃんと食べているという証拠もあるのかもしれないが、バックで流れている音楽というのも皆無になっているし、お店の別の人への接客の声などもあるのだが、基本的には大きなお皿などに盛られている料理が減っていく様子と、それを食べているボリボリとかザクザクのような音が聞こえる。それがどうだという気になる訳では無いのだが、何か単にそれだけの臨場感のようなものがあって、しかし食べている量が多すぎるので、とても全部の動画の最後までは観ていない。しかし明らかに途中の一定の時間は見てしまっていて、我ながら呆れるのである。
大食い選手権のようなものが、今も行われているのかは知らない。生徒時代の半ドンの土曜の午後なんかに、テレビをつけると、いつもではないのだが、ときどき特集のような大食い選手権が行われていた。言い訳になるが、友人にこれを好きな奴がいて、付き合いで観ていたのである。途中食えなくなって苦しむ人なんかもいて、奇妙な残酷さのある競技なのだった。
今の配信のものは、基本的には一人で延々と食べているものが多い。それだけ自分自身で配信するコンテンツとして、大食いという分野は向いているのかもしれない。一定の人物が繰り返し出てきて、違う食べ物を食べている、というのが最初のころだったが、これがだんだんと人物が変化していき、女の人も増えているし、自分でインスタント麺をたくさん茹でてそれを食うとか、実に自分だけの世界的なものが目に付く。食べたいものを大量に買って来て、それをドバドバと大皿に落としていく。そうして順に、延々と食べていく訳である。最後まで観ないので(時間が長い)本当のところどうなってしまうのかはわからないのだが、みんなそんなに太っていないし、おそらく何キロもの量を平らげている様子なので、あの後は戻してしまうという人も多いのではないか。神経症的に大食いをして吐くという人がいるのは聞いたことがあるが、まさかそういう人が大食い中継をやっているのだろうか。謎は多いが、どのみち最後までは観ないのであった。