
以前も書いたと思うが、自分のことで呆れるというか、どうにも性分として困ることがいくつかある。全部は書きたくないので一つとりあえずあげておくと、このブログかもしれない。この文章が上がるのはおそらく2月の15日ころになる予定であるが、現在は7日である。お気づきの人もいると思うが、だいたい映画を二日にいっぺん。その間に何か別のものを交互に入れている。だから映画の分は既に20日までは上がっている。たまに今あげたいタイムリーさを感じると、翌日に繰り上げてあげることもあるが、だいたいにおいてこのような感じで、先んじて何か書いている。別段暇だからということでは無くて、逆に毎日上げるのが難しい可能性がある日に備えて、このようなことをしてしまうのかもしれないと思う。ちょっとした時間の空きに、メモなどを見てまとめる。そうするとすぐに文章にはなる。あとで一度か二度見直して校正することもあるし、そうするとまた別の文が出来上がったりする。いくつかの話を掛け合わせることもあるし、逆にそのように別の考えが浮かんで別枠で書いたりするわけだ。続き物はあまり書かないが、それでもたまにはそれもやる。あれこれ考えていた正体が見える場合もあるし、出来るだけ短くと思いながら舌足らずのような気もすることもあって、前段部分が長くなりすぎている。そうすると最初から別の話になったりする。ストックは最小限でいい気もするのだが、そのようにしてたまりすぎることがある。あんまりたまりすぎたな、と思うとさすがに数日寝かせておく。15日以上先になるとだいたいもう書かないのだが、そうすればそうするで、たいてい書かなければ忘れるので、また何かこしらえて書かなくてはならない。そういう性分なので日記はつけないが、こういうものを書いたという記録はつけている。そうするとその記録をつける行為に何らかの快感のようなものがあるらしく、もっと記録を増やしたいような気もする。書き終えてそういう記録が一行増えると、ちょっと満足である。日頃いくつもの複数の案件を抱えていて、それらが完全に終わるなんてことはそんなに無くて、継続していくつかは絡み合い、そうしてまた次の仕事も舞い込む。おそらくそういう気分の中にあって、ブログで何かを書いて終わるということが、ちょっとした精神安定につながっている可能性がある。ブログにはどれくらいの人がやって来たかということが分かるようになっていて、始めたころにはこれが少し励みになっていた。しかし実際のところ、僕のような無名の人間が雑文を書いたところで、読んでくれる人は簡単に増えない。一時期は少し増えて一日に二三百人ということもあったが、そうするとしばらくして今度は少し減っていく。飽きてしまうということもあるのだろうし、そもそも長文なら読まない人の方が多いのだろうとも思う。実際にフェイスブックなどで友達の人からそういわれたこともあって、見に来ているのに読まないのか、と衝撃を受けた。けれど僕だって他人の長い文章を全部読んでいるのかは怪しい。まあ当然か、と思うと気が楽になるというか、そもそも人数を増やすのが目的で書いていたかも怪しいことで、まあ、気にならなくなった。つまるところ自分の問題であるのだから続いているのであって、書いたらまた、一行何をどれくらい何分で書いた、と記録する。別段それは見返さないのだけど、それだけで書いた甲斐があるような気もするから不思議である。そんなだからいつ止めたっていいし、確かに未練もそんなにない気もするんだけど、文章を書いていると自分の考えも確認できるわけだし、何かちょっとだけすっきりすることもある。そうならないこともあるんだけど、そうなる場合もあるのである。結局それで先に備えてまで書いてしまう。こういう性分の人は僕以外にもいると思うが、やはり少しくらいは困ってはいないだろうか。いや、困らないかもしれないが……。