
テレビのニュース番組の映像編集を行っている瑤子は、その編集能力も高いうえに、映像で事件内容に深く切り込む能力を持っている。しかしながら事件そのものを追う姿勢に、社会の偏見を生みかねないギリギリのことをやりすぎるきらいがあって、人気もあるが危ういのだった。それは放送局内の力関係で生きていく術でもあるが、彼女の性格も大きいのだろう。そういう瑤子に郵政省の内部で起きたかもしれない殺人事件を示唆するビデオテープが、内部情報として託された。警察捜査がまだそこまで行きついていないネタにもかかわらず、瑤子は果敢に疑わしい人物を編集して浮き彫りにさせてしまう。ところがこの男は、実際には本当に犯行と関係あるのかどうか、よく分からない存在だったのだ。
黒木瞳主演で映画化もされたらしい。実はこれ、だいぶ前に少し読んだ形跡があって、たぶん最後まで読んでなかったのだろう、ほとんど内容を覚えていなかった。そうだったのだが、ある人たちと話をしていてこの本の話題になり、改めて読み直すことにした。感想を共有してみたかったのだ。
報道番組の編集をする内部のリアルで過激な人間模様を軸に、その中で生きていくために瑤子の過去のいきさつも語られていく。彼女はすでに離婚していて、その理由も夫の浮気という彼女からすると当然の成り行きだったはずだが、仕事との両立を考えて、息子の養育は手放してしまう。そうして放送業界で生き抜くためにがむしゃらに働くわけだが、そのために映像の武器を使って怪しい人間を容赦なく貶めるために、相手からも猛反撃を食らうことになる。そうして人間自体がどんどん壊れていくような話なのだった。
正直な感想を言うと、犯人が誰なのか大いに推理を働かせる物語だと思っていたのだが、実際はそんなことはなく、それよりもサスペンス・スリラーとして過激な話になっていく様を描いた作品と言っていいと思う。読みながらこれは推理としてはどうなのかな、とかなり不安になった。いわゆるネタばらしのような人間像は先に描かれているので、加速する方向性に違和感があるのだ。そうして主人公の女性像というのが、なんだか男が描いている女性像にしか思えないところがある。本人の感情に、理屈での割り切りが早すぎるきらいがある。ふつうはそこでもう少し逡巡を繰り返すものではないかという疑問が、最後までついて回った。そうしておそらく、いくら狂気に染まっていったとしても、自分を貶める映像元のトリックも、ちょっと納得がいきかねる気がするのだ。まあ、読んでもらわないと言えないことだが、この頃はそういう動きのある小説が求められていたのだろうか。
ということだが、読みだすとその流れに沿って読めるので、文章の力は強い作品だと思う。いわゆるエンタメとして上手いのである。残念ながら著者は現在故人であるが、こういう作風なら売れ続けることができるという納得感がある。さて僕は、感想会でどう話すことになるんだろうか……。