かわせみ側溝から

志は低空飛行 

名画に署名のない理由とは   ラスト・ディール



ラスト・ディール/クラウス・ハロ監督

 副題「美術商と名前を亡くした肖像」。フィンランド映画。どおりでまったく聞き取れない言語だった。しかし、ありがとうが「キートス」なんですね。勉強になった。
 細々と画商を営んでいる老人は、以前より画商として食べていくことの厳しさを感じるようになっており、そろそろ店をたたむことも考え始めている。そういう中にあって、まもなくオークションにかけられる予定になっている画家のサインのない肖像画が気になっている。名画のたたずまいがあるものの、それなりに高額で取引される可能性もあり、画商としてはたいへんにリスキーだ。しかしそもそもいったい誰が描いた作品なのだろうか。
 過去に何か関係を悪化させることのあった娘の頼みで、手癖の悪さで問題児とされる孫を店で預かることになる。すぐに腹を立てて出ていく癇癪持ちの少年に手を焼きながら、しかし謎の絵をめぐって、作者探しは続いていく。そうこうしながら、孫の少年に絵の指南などもしていくことになっていく。
 最終的には、商売としての賭けにでるため、謎の名画らしいものを何とかして手に入れるために、資金を工面することに執念を燃やす。しかし金を貸してくれる人も少なく、銀行も融資を渋る。結局身内の資金を盗むようにして何とか引き出し、さらに娘との関係も悪化する。そうして売り先である富豪とも、手に入れたとなれば、十倍以上の値で売れる約束まで取り付けるのだったが……。
 それなりにミステリ仕立てになっており、後半はスリルもある。絵をめぐるお話だけあって、映画自体の照明もよく考えられており、映像も美しい。いわゆるどんでん返しのような仕掛けもあるので、最後まで楽しめるストーリーである。
 しかしながら、日本人である僕としては、なんとなく金に関する扱いが、今一つ引っかかる感じだ。結局名画を愛する人が商売をしている訳ではなくて、いかに狡猾に絵を売買するか、という駆け引きに関する話のようにも感じる。物語の流れの中で、父と娘との関係において、娘も苦労したかもしれないが、強引に孫を押し付ける様など、何か人間的な汚さを感じる。そうして結局絵の価値さえ分からないまま、父の苦悩は知らないのである。その父も金の亡者のようなもので、最終的には、そのために無理を重ねているようにも見えなくも無いのである。まあ、あんがい孫もそんなに悪い奴ではなかったというのが、唯一の救いのようなものである。そうでなければ、何か本当に後味の悪いまま時間をつぶした、という印象しか残らなかったかもしれない。