
キューブリック作品の何を最初に見たのか、というのがはっきりない。多くの作品はそれぞれ見返しており、テレビなどの放送もあったし、借りたのもあって記憶が混雑している。白黒だったのかカラーだったのかさえ、よく思い出せない。しかしながらすでに評判が定着した後のことであったのは確かで、例えば映画の本編を見る前に、「2001年宇宙の旅」のいくつかの場面は見た記憶がある。その後ちゃんと見直して、「ああ、やっぱり映画の方が凄いんだな」と感激した。
それではっきりしないといいながら、恐らく最初は「スパルタカス」なんだと思う。テレビのロードショーで見て、女は怖いんだな、と思った。まあ仕方がないともいえるが。奴隷という立場のつらさがありながら、どんどん力をつけて反撃していくストーリーはなかなか力があり、そうして負けても皆がスパルタカスになるという感じも、いかにも民主国家の在り方のような感じで、それなりの啓蒙作品だったのかもしれない。後にキューブリックはこの映画の製作についての不満が、ハリウッドから離れるきっかけになったといわれている。それまで仲の良かった主演をしていたカーク・ダグラスとの関係も、こじれてしまったようだ。
とにかくキューブリックは、自己主張の強い変人であると業界では有名な人なのだが、強いこだわりがあるのは見て取れるものの、それなりに自分自身はユーモアがあって面白い人だと思っていたらしい。しかし映画を撮るということに関しては、徹底して資料を集めて吟味し、とにかく時間をかけて準備する。他の人に脚本を書いてもらったとしても、ほとんど原型をとどめないほどにずたずたにして自分で書き換えてしまう。それは何とか自分の思うような素晴らしい作品にしたい、という思いの強さではあるわけだが、そうされてしまった人が、いい気分でいられなくなるという原因でもあろう。
ということで僕が一番衝撃を受けたのは、他でもなく「時計仕掛けのオレンジ」なのである。題名も訳が分からないが、みていてもそんなに訳が分かる内容ではないが、とにかくショックを受けた。映像はきれいなんだが、内容はグロテスクで、まさにバイオレンスの連鎖が続き、うんざりさせられるんだが、次が気になって仕方がない。見終わった後も、何かどう考えていいか混乱して、楽しいのだ。これは凄いな、と思って今更のようにあれこれ気づくことがあって、この作品に影響を受けた日本の漫画も結構あるように感じた。特に手塚治虫は「時計仕掛けのりんご」という作品があって、内容はクーデターものでまったく別のものだが、いわゆる不条理な暴力を扱うという意味では、ちょっとした共通の感覚があるのかもしれない。
感心したものばかりとは言えない。ある人からキューブリックならダントツに最高傑作は「バリー・リンドン」だといわれ喜び勇んで鑑賞したが、あえなく撃沈した。これだけ退屈で面白くない映画もそんなにたくさんはあるまいと思ったものだが、後にそれなりにやっぱり退屈で面白くない作品は、世の中にたくさんあることも知ることになる。まあ、そんな風に考えてみると、ちょっとくらいはマシな方だったかもしれないが、とにかくキューブリック作品だから、我慢して観た人が多かったのではなかろうか。確かに蝋燭のみの照明を使い、当時の調度品や衣服を精密に再現したということは凄いのかもしれないが、後にキューブリック自身も語っている通り、作り物であることに変わりはなく、いくら本物に近いといっても、映画を見ている人が本物だと感じることが肝心なのであって、道具がそうだから本物だという議論は、キューブリック自身も望んでいる評価ではないだろうと思う。
僕があんがいお勧めするのは「現金に体を張れ」である。時代として「突撃」もいいのだが、初期のものはこれくらいドライに非情を描いた作品もあるまい。いや、キューブリック作品はどれも非情といえばそうなんだけど、その一番空しいラストが、見事に表れている傑作だろう。
そうして「博士の愛情」ということになるが、これは多少ごちゃごちゃしたコメディながら、笑えないまでもなかなか面白い。何度か見ると、実際は笑えるようになるので、変な作品なのである。
ホラーでは作者からは嫌われたそうだが、やっぱり「シャイニング」は素晴らしいと思う。そこまで怖いという感じではないが、とにかく映像がきれいで、テレビCMなんかには使いたくなる人がたくさん出たのではないか。不気味だったりショッキングだったりする場面も多くて、流れとして確かにキング作品のしつこい怖さという感じではないのだけれど、まあ、キューブリックなんだしいいじゃん、と思ってしまう。
そして「フルメタルジャケット」なんだが、これも素晴らしい傑作だと思う。それまでこんな戦争映画を観たことが無くて、こういう戦争を風刺する方法があるんだな、という発見が凄かった。その後はそれなりに真似られて、こういう表現はいわば当たり前になったと思うけれど、最初のショックは大きかった。それと正直言って僕がタイムリーにキューブリック作品を観たのは、これと最終の「アイズ・ワイド・シャット」だけで、最後はちょっとずっこけたな、という印象をもってお笑いだったけど、フルメタル・ジャケットはそういう意味でも素晴らしい体験だった。本当に亜流作品がたくさん生まれて、日本の漫画もそういうのがたくさん出た。いわゆるクリエイターに影響力のある人で、みんなキューブリックになりたくなるのだ。