
世の中には器用な人というのはいて、以前テレビで見たことがあるのだが、ピアノを片手で弾きながら、片方でフライパンを振って料理をするような人がいた。これはピアニストが、もともと左右別の作業をこなすことが出来る人たちであるという話だったと思うが、ピアノを弾かない人間にとっては、まさに尋常ではないようにも思える。
一人でいくつもの楽器を演奏をするというのは、時々ネットなどでも見かける。尊敬する地元ミュージシャンの家はっちゃんは、ベースを弾きながらドラムを叩いていた。最初見たときは、ほんとに驚いて笑ってしまいました。それも正確なんだよな。リズム隊には時々こういう人がいるようだ。まさに恐るべしである。
いくつも同時演奏する大道芸人のような人もいる。主旋律はアコーディオンで、口ではハーモニカ。足元ではシンバルなどの打楽器など。紐をあちこちにくくりつけてあって、いろいろ音を出せるというような人もいた。ちんどん屋みたいで楽しいわけだが、工夫次第では本当にいろいろ同時に音が出せるようになるようだ。正確に弾くのは困難だろうが。
同時演奏と言えば、フォークシンガーなどは、結構普通にギターを弾きながら歌い、ハーモニカとかカズーとかを吹いたりしている。やってみると分かるが、これは結構器用である。だいたい慣れないうちは、ギターを弾きながら歌うのもあんがい難しい。慣れてくるとそうでもないというが、凝った弾き方をしたり、歌いながらソロめいたことが出来る人もいる。ギターじゃないけど、ベースラインを弾きながら主旋律を歌うような、例えばポール・マッカートニーみたいな人もいるが、これはそれなりに高度な技である。ドラム叩きながら歌うのも、結構曲芸っぽいが、カーペンターズだとか、イーグルスだとか、つのだ・ひろ、CCBなんかもいて、あんがい極端に珍しいわけではない。
楽器演奏で、あんまり多くの楽器を同時に演奏すると、ほとんどジャグリングの世界のようにも感じる。曲芸だから共通点も多いが、なんとなく落ち着きが無くなって、スリルの方が勝るという感じかもしれない。演奏が終わると、それなりにホッとする。
物事を集中して行うと、他のことが手につかなくなる。これをトンネリングという。トンネルに入ると、出口の一点しか見えない。要するに周りのことが分からなくなるということだ。集中というのは、一見いいことのように思えるが、場合によっては生き物としては少し危険である。だからもともと注意散漫、極度に集中できない性質が人間にはあるらしい。
ところが音楽というのは、このトンネリングを引き出す効果が案外あるように思える。酒を飲んで会話しているときに、なんか好きな曲がBGMに流れたりすると、相手の会話の内容がよく分からなくなることがある。これはちょっと失礼だと思うが、そういう注意を奪う力が、音楽にあるのだ。だから多くの演奏家は、興に乗ってくると、もうほとんど無我の境地に陥ってしまうようにも見える。タイタニック号が沈んでいく最中に演奏した人があったそうだが、目の前の危機でさえ、とりあえず考えなくてもいいような気分になるのではなかろうか。普通はたぶんそんなことしないだろうけど。
器用な演奏家の人というのは、ある程度そのような集中がありながら、しかし冷静さも残しているのではあるまいか。そのようなコントロールを可能にするのは、やはり練習の成果、いわゆる訓練のたまものということなのかもしれない。