かわせみ側溝から

志は低空飛行 

勝手に便乗幸福主義



 春になると散歩しててほんとに気持ちがいいもんです。この気持のいい地球の環境に僕のような人間がいて、ちっぽけな存在であるにせよ、やっぱりしあわせだなあ、と思ったりする訳だ。人間は、ほとんど地球環境の中でしか安定して生きながらえることが出来ない訳だけど、宇宙にも活路をみいだして、外に行く方法も一応は模索している。地球の生存がいつまでも可能かというのは、人間の個人の生命の枠を超えるような時間枠でみると、必ず難しくなることは分かっているのだから、たとえそれが困難であろうとも、外に出るという選択も、とりあえずは作っておかなくてはならないのだろう。
 という事で、比較的地球にも近くて、比較的地球環境に近い火星探索の準備が進められていて、有人探査も検討段階にあると言われる。技術的には行って帰ってくることは理論上十分に可能になっているというが、やはりそれでもそんなに簡単なことでは無いし、行って帰ってくるだけでも、2年も5年もかかるという話も聞く。せっかく行くからやることもあるんだろうし、そもそもやはりそれなりに遠いのだ。
 今は望遠鏡で眺めたり探査衛星を飛ばしたりして、火星が砂漠のような星らしいという事は分かっているけど、それなりにずいぶん時間をさかのぼると、火星も地球のように青く水をたたえた星だった時代があるのだという。今は地表が砂漠化しているけれど、地下には多くの水をいまだにたたえていると考えられている。
 火星も地球と同じように、プレートテクトニクスがあるらしくて、いわゆる地表がいくつかのプレートとして移動している。その移動して内部に入り込む部分から水が地下に徐々に入り込んで内部に氷として存在しているという事らしい。火星は地球のおよそ半分程度と小さいらしく、内部の温度が高くないために、地下に入り込んだ水が温水として再び地表に湧き出さなかったというのだ。そうしてほとんど水ばかりだった星の表面はどんどん少なくなって、さらに水が地面に入るともっと星が冷えてしまい、表面は陸地ばかりの荒涼とした風景になったという事だ。
 どうして地球がそうならなかったというのは、さらに地球と月の関係もあって、地球の軸が安定していることなど複数の別の偶然の影響があるらしいが、ざっくりいうと、火星はもともとは地球と極めてよく似た青い星であったけれど、変化して現在に至っているわけだ。さらに地球は陸地から海にミネラルを溶け出して流し込んでいったことで、多くの生命の誕生を見る事も出来たらしい。まさにほとんど奇跡の星なのだ。
 もちろん宇宙は広いから、地球のように生命をたたえた星が確率的にはゴロゴロしていることは確実らしいけれど、しかしながらやはり宇宙は広すぎて、人間が移動できるようなご近所には、残念ながら地球のような星をまだ見つけることすらできていない(候補はいるらしい)。地球とほとんど同じような境遇にあるような火星であっても、実に多くの偶然と少ない確率の差のようなもので、実に違った姿になってしまったのである。
 そうしてそういう中の、きわめて少ない安定した地球環境の限られた時間の中の、さらに人間の生まれてきた歴史の、きわめて特殊でさらに局地的に平和で過ごしやすく気持ちのいい今を、僕らは散歩できる立場にあることになる。これは誰もが、宝くじに当たるようなことよりもきわめてまれな幸運にそもそもあたっていることに等しいのではなかろうか。それでも不幸な人がいるんだからという事もあるんだけれど、実に勝手に幸運に便乗している事実をかみしめてみてもいいのではなかろうか。