かわせみ側溝から

志は低空飛行 

政治家が本音を語れない訳



 ネットのブログなんかでは、政治家の失言などを取り上げて怒りをぶちまけている人がけっこういるんだけど、中にはその元になっているものについては、それなりになんだかな、というのは確かにありはするんだけれど、しかしながらおおむねこれらは、誤解に基づくものがほとんどだ。誤解されるようなことを言うのが悪いという考えもあるだろうけど、誤解を受けるように報道する側の事はどうなんだろう。誤解を受けやすいように発言を導き、内容と真逆の意味の発言であっても、単語など誤解を招きやすいものが混ざっていると、堂々と誤解を受ける部分を取り上げて、あげつらって批判をする。ほとんどこれは犯罪めいて恣意的な行為だと思われるが、よっぽどのことが無い限り訂正されることは無いし、訂正の努力というものはなされない。
 これは前にも書いたことの重複になるけど、こういうことを報道が繰り返しやるからこそ、多くの政治家は、いわゆる失言めいたことを避けるために、当たり障りのない、自分の思ってもいない嘘を話すようになっているのではないか。そういうことのできる二枚舌の人だからこそ、ある程度出世するというか、たとえば大臣になるまで、粘り強く居座ることが出来るのではないか。
 皆が嘘を平気でつけるように指導をするのが報道の役目なんかではない。多少印象的なことを言うために冒険をするような人が政治家として育てないのなら、ますますつまらないことしか実行もできなくなるのではなかろうか。国民には知られないように、内部的にしか議論をしないような政治風土というのは、このような揚げ足取りの現実が、ある程度の影響力を持っているように思われてならないのである。