かわせみ側溝から

志は低空飛行 

悲しいが、喜びでもあるようだ   ベニスに死す



ベニスに死す/ルキノ・ヴィスコンティ監督

 ひとことで言うと長編ミュージック・ビデオ。実際そのように観賞するのが正しいといえるだろう。スジというのもあるけれど、基本的に流れている音楽に合わせてゴージャスで物悲しい映像を眺めているということになる。退屈と言えばそうなんだが、妙に見ハマっていくのが快感になる人もいることだろう。確かにいろいろと本物の豪華さを満喫できるところもあって、これを金を払って体験する身分に無い僕にしてみると、悲しいがケッと言う感慨もあって、その屈折具合を楽しむということもできたようだ。
 監督のヴィスコンティさんは本当に貴族ということもあって、こういう世界を身を持って知っていたし、そうしてどこか忌み嫌うところもあったのではなかろうか。まあそれは憶測にすぎないが、映像世界と内面性が、同時に表現されていることは間違いあるまい。
 実は原作の小説は中学生の頃の読んだはずだが、あんまり記憶にない。ちょっと早すぎたんだろう。原作は小説だが、マンのベネチア旅行の実体験に即して描かれたもので、後にこの美少年も実在の人物として発見されている。本人も旅行中のドイツ人にジロジロみられていたので、記憶していたのだということだ。美少年を演じたビョルン・アンドレセンは、その後ゲイではないかと書きたてられ、16歳という年頃の所為かショックが大きかったようだ。好かれることもなかなか容易な人生じゃない訳だ。
 僕はたぶんバイセクシャルじゃないので本当には理解しえないところもあるのかもしれないが、叶わぬ恋という見方をすると、やはりしっくりくるような気がする。実体験はまあ内緒だけど、そんなような悲しさというものはあるのかもしれないとは思う。その時化粧までするものかは分からないけど、そういう気持ちになれるということは、それはそれであんがいしあわせなことかもしれないとも思う訳だ。普通はとてもそんな気にならない人が、そこまで思いが高ぶってしまう。もちろんそれでどうなる訳でもない。むしろ逆効果になるような気がしないではないのだけど、そうせざるを得ない。
 ああ、そうか。それは自分自身への肯定と、目覚めの表現ということかもしれないね。書きながらやっと気付いたよ。
 音楽を聴くように観ると言ったけれど、やはり監督のメッセージの本質は、そこにあるようである。素直に心を開かせるほどの美少年がそこに居て、必然的に恋に落ちる。それは誰であっても抗いようがない。たとえ悲しすぎる現実があっても、そのことを否定して生き続けていくことなど出来ないのだ。
 時には旅に出るということは、このような期待の発露もあるのかもしれない。ふさわしいのはやはりベニスか。日本だとどこになるんだろうね。金沢とかそういうところなんでしょうか。なんかしっくりこないのは、僕が貴族じゃないからなんだろうか。